武田信虎という人

 私は持っていませんが「Space Corp」(GMT)というゲームがあります。人類の宇宙進出のゲームで、火星圏までのマップ、太陽系のマップ、太陽系外のマップと段階が上がるにつれて使用するマップを切り替えていきます。「No Motherland Without」(Compass Games)というゲームがありまして、北朝鮮金王朝三代が生き残りをかけて西側と戦っていくゲームです。

 これらを見て、ゲームデザインのネタを思いつきました。題して『武田三代』。国人をまとめ甲斐を統一した信虎(創成期)信濃駿河に勢力を伸ばした信玄(拡張期)、最大版図を誇るも滅亡した勝頼(滅亡期)。この三代で見事な興亡の歴史を描けます。基幹システムとして「威信」を考えました。合戦で勝ったり領地を整備すると上がり、外交政策を変更したり家臣を成敗すると下がります。で、代替わりの時、この威信値と後継者の固有威信との差が後継者の固有威信から引かれて開始されます。つまり、先代が偉大だと(威信値を高めると)後継者は固有の威信よりも低く見られてスタートしないといけなくなります。勝頼が信玄の偉大さに苦労したようになります。逆に信虎のように威信がマイナスの場合は、信玄が実像よりも過大に評価され期待されます。

 そして、天正十年(1582)には必ず織田信長徳川家康北条氏政が攻めてきます。この時威信が低いと家臣が逃亡したり寝返ったりします。

 マップは甲斐と佐久の信虎マップ。信濃東三河を含む信玄マップ。勝頼マップは信玄マップと同じでいいかもしれませんが、少し広くしてもいいかもしれません。

 代替わりも、信玄の代わりに信繁とか。勝頼の代わりに義信とか。変化がつけられます。ソリティアゲームにしたいと思っています。

 

 さて、信玄や勝頼の業績はそれなりに知っていましたが、信虎ってどういう人?大体が悪逆非道で追放されたということしか知りません。平幹二朗仲代達矢がしょんぼりして去っていくシーンしか思い浮かびません。

 

 そんなわけで、平山優氏の武田信虎を読みました。読み進んでいくうちに2つ小説のネタになりそうなことを思いつきました。

 

家督相続と陰の功労者

 信虎(当時は信直)の家督相続は永正四年(1507)と思われますが、この時10歳でした。信虎の生年については二説ありますが、平山氏の説をとります。翌年、信虎の父とも家督を争った叔父達が反旗を翻しますが、これをあっさり滅亡させます。「えっ、11歳の小童が?」と思いました。これは誰か後ろに軍師みたいな人がいるのではと妄想します。でも、読み進んでもそれらしい人がいません。妄想が深まります。歴史に出ないが、主君(信虎の父)の子供を盛り立た忠義の人がいたのでは。で、信虎が成長するにつれて意見が合わなくなっていき、それでも忠義を尽くそうとするが、結局決定的に意見が対立して切腹したのかも。なんか、ラインハルトに対するキルヒアイスとか、織田信長に対する平手政秀とかみたい。主君の幼い子供を盛り立てていくといった話はテンプレートだしありかも。

 

②信虎に従った者

 信虎が甲斐を追放された経緯については、読み進んでいくと悪逆非道などではなく、前年(天文九年(1540))の台風直撃の影響の飢饉が直接の原因だったということがわかります。すると妄想が始まります。

 信虎に可愛がわれた小童がいました。信虎が追放されると甲斐を出奔して信虎の元に行きます。そして、信虎が京都に移住すると付いて行き、信虎の推挙で織田信長に仕えます。ちなみに、信虎は足利義輝に優遇されています(甲斐の前国主ですし)。義輝が暗殺された後、足利義栄には付かず、足利義昭に付きました。義昭は当初信長と懇意だったのであり得ると思います。

 小童(もういい大人ですが)は信長のもとで戦功を上げていきます。そして信虎と信長の間を取り持ちます。信玄上洛などで武田と織田の関係が悪化しても、うまく立ち回って信長が信虎に手を出さないようにします。まあ、信虎はジジイですし信長から見たら大して役に立たないので放置したでしょう。

 信玄の死後、信虎は寄る年波に勝てず甲斐に戻りたいと願うようになります。小童(もういい大人ですが)は信長の許可を得て信虎と共に甲斐に戻ろうとしますが、勝頼は信虎を信濃に留めます(実話)。いくばくもせぬうちに、信虎は病で亡くなります。その死を看取った小童(もういい大人ですが)は、信虎を甲斐に入れなかった武田を恨み信長の元に戻ります。

 天正十年(1582)、織田の武田領侵攻が始まり、小童(もういい大人ですが)はその先鋒として活躍します。御屋形様(信虎のこと)を追放するだけではなく、念願の甲斐の地を踏ませなかった大不孝者共に鉄槌をというわけです。ついに甲斐を落とし信虎の遺骸を甲斐の地に葬ります。「御屋形様(信虎のこと)、ようやく甲斐に戻れましたな。」

 ところが、読み進めているうちに、本当にこんな人がいたことがわかりました。その名は『土屋伝助昌遠』。信虎が追放された時、一緒にいた三十人ばかりは皆甲斐に戻ってしまいましたが、土屋昌遠だけは最後までずっと一緒にいて信濃で信虎が亡くなるのを看取っています。その後高野山に登り、最後は伊豆の地で亡くなりました。その子孫は家康に仕え旗本して残りました。

 いやあ、事実は小説より奇なりですね。ちなみに土屋昌遠は信虎の従兄弟とのことです。

 

 ゲームデザインネタから小説ネタになってしましましたが、いずれも私の手になることはない気がします。なにしろ飽きっぽい。それにゲームをプレイするのに忙しいし、狩りもしなくてはなりません。ハンターランク1なのに、50年に1度出現するというマガイマガドを狩って来いと無茶振りするおっさん(里長)がいるもので。