姉川奇襲説について

 キラキラネームの是非について、デジタルで戸籍を管理する上で問題になるからと審議されているようです。漢字の意味とフリガナが合えばいいとか。つまり「光」を「ピカ」はOK。光る宇宙で「光宙(ピカチュウ)」とか。「光鼠」でピカチュウというのはいないのですかね。そんな名前嫌ですが。

 キラキラネームっていつからあったんだろうと思ったのでした。日本史の本を読むと読めない名前が結構あったりします。キラキラネームというほどではないのですが、これも似たようなものかもしれません。

 

 阿武町の事件について、ワイドショーで経済学者が「社会的に見てそれほど大きな金額でもないのに、こんなに騒がすマスコミに驚いた」と言ったような発言をしていました。たしかに国家財政に比べれば4630万円はそれほど大きな金額ではありませんし、犯人も相当な悪意があって詐欺を働いたわけでもありません。で、この経済学者は「これはエンタメ案件だ」と言っていて、「この事件を題材に映画や小説を作ってその売り上げを返済に充てればいいのでは」と言っていました。目から鱗です。冗談にしても出来がいい。

 

 さて、自作ゲーム「姉川の戦い」で奇襲説に合わせたマップも作ったと書きました。

 この奇襲説は、「センゴク」(宮下英樹)の第5巻からとっています。作中では、浅井・朝倉勢が大依山から小谷城に戻ったと見せかけることにより、信長は横山城攻めに陣替えをしました。このため後衛の坂井隊以外は横山城を囲んでいます。ただし主人公の仙石権兵衛が所属する木下隊は竹中半兵衛と仙石権兵衛の進言により信長本陣の護衛のために坂井隊の後ろに着こうとしていました。また、徳川家康はコインの裏表の占いで「臭い」と睨み姉川に向かって陣を敷いていました。

 これらはあくまでマンガの中での話ですが、横山城攻めに陣を変えたのはありうると思います。それなら陣杭の柳に信長本陣があった事、坂井隊、池田隊、木下隊などが各個投入し、各個撃破されたというのも理解できます。多分、坂井隊が抑えている間に信長本陣は南に後退し、本陣と浅井勢の間に各隊が次々と入り込んでは浅井勢に取りつかれ撃破されたという事ではないでしょうか。とはいえ浅井勢も次々に来る織田勢を相手にして遂に息が切れたのでしょう。

 なお、本ゲームの奇襲説では「センゴク」に敬意を表して木下隊をかなり前に出しています。ホントの所は多分池田隊と柴田隊の間にいたのでしょう。美濃三人衆や丹羽隊は横山城の東側にいて、戦いの最後の方で浅井勢の左翼を突く感じで参入したのかもしれません。

 以上が私の考える奇襲説です。

奇襲説の初期配置

 ちなみにこれでテストプレイしましたが、結構織田方が苦戦しました。最終的には織田方の敗北です。撤退チェックでまた9を出しましたが・・・。とはいえ撤退チェックの回数を考えると、まあ9が出るのも妥当な所です。

 下図が最終結果です。

テストプレイの結果(織田・徳川方の敗北)

 織田勢の対応に追われ徳川勢があまり活躍できていませんでした。織田勢は信長を南に移動させるのと、盤外にいる軍勢を出したら、後は徳川勢が朝倉勢を猛攻してユニットを除去していくのがいいかもしれません。

 一度の主導権で動かせるユニット数が多くないので(しかも可変)、結構考えさせられるゲームになっています(自賛)。