薔薇戦争が好き

 数十年昔のことですが、NHKがイギリスBBCテレビが制作したシェイクスピア劇場』というテレビドラマ風の番組がありました。これが好きでよく観ていましたが、その頃は既に歴史好きだったので、いわゆる「史劇」が好きでした。その後、確か筑摩書房だったかの『シェイクスピア全集』の史劇を読んでさらに好きになりました。この本は、脚注がそのページに書いてあってとても便利でした。

 私は脚注を本の後ろにある奴が嫌いで、このタイプの場合は脚注を読まないことがあります。

 さて、シェイクスピア史劇というと、『ジョン王』は置いておいて、『リチャード二世』から『ヘンリー八世』までがほぼ一連の時代を表しています。この時代は英仏百年戦争薔薇戦争、そしてシェイクスピアの時代に続くチューダー王朝を扱っています。特に、薔薇戦争は舞台がイギリス国内なので、そのまま劇の中でセリフだけではなく表現されています。そんなことで、薔薇戦争に興味が出たのです。しかし、当時以降、日本国内で読める(日本語で読める)薔薇戦争物の本はほどんどありませんでした。せいぜい薔薇戦争時代の甲冑のイラスト本ぐらいでした。

 しかし、近年、良質な書籍が出てきています。これをシェイクスピア史劇になぞりながら紹介します。

 その前に、薔薇戦争とはどういうものか、ですが、日本史でいうと南北朝応仁の乱を合わせたようなものです。一天二帝の南北朝と同じようにプランタジネット王朝が2つに分かれて争っています。ただし、日本の南北朝の様に王様が2人立って争ったわけではなく、王様自体は1人です。また、応仁の乱足利将軍家が継承者を争いましたが、地方豪族も継承者争いをしていました。この辺りも似ています。実際に、薔薇戦争は1455~1485年(ストークの戦いを含めると1487年)で、応仁の乱は1467~1477年ですので丸被りです。

 その魅力は、結構多彩な人物が現れたことでしょう。大本となったヘンリー六世はなんとなく足利義政を思わせます。その妻マーガレット王妃日野富子。王権に挑戦した白薔薇ロサ・ギガンティア)のヨーク公リチャードは、天下を目指すも敗死した孫堅に、その息子で軍事的天才のエドワード四世孫策に、その弟リチャード三世孫権に似ているかもしれません。その他、有名なキングメーカーウォリック伯小早川秀秋並みに裏切りを行ったスタンレー兄弟エドワード四世の外戚ウッドヴィル一族。30年の長きにわたるので、いろんな人が出ました。

 

 さて、シェイクスピア史劇に話を戻すと、最初が『リチャード二世』です。この人は百年戦争で活躍した黒太子エドワードの息子です。リチャード一世や後述のリチャード三世に比べて今一パッとしませんが、この人から王位を簒奪したのが次の『ヘンリー四世 第一部・第二部』です。リチャード二世の従兄弟でしたが、リチャード二世が大貴族に不人気であったため王位を簒奪して戴冠しました。

 『ヘンリー四世 第一部・第二部』は主人公がヘンリー四世ですが、もう一方の主人公がヘンリー四世の息子のヘンリー王子、親しみを込めてハル王子と呼ばれていました。この人は、物語でよくある、「若いころは放蕩息子だが、戴冠すると立派な王様になる」パターンです。いわゆる鬼平犯科帳長谷川平蔵です。のちにヘンリー五世となるハル王子はイギリスでは屈指の人気を誇ります。また、チューダー朝の時代に生きたシェイクスピアは「チューダー万歳」なので、少しチューダー朝に関係するヘンリー五世を持ち上げるのに躊躇はなかったでしょう。

 ヘンリー四世は、生涯簒奪者の汚名に苦しみましたが、次の『ヘンリー五世』はフランスとの戦争において赫々たる武勲を上げ、自らの王位の正当性を証明しました。あの、アジンコート(アザンクール)の戦いで勝利したのはこのヘンリー五世です。勝利後、ヘンリー五世はフランス王女と結婚し、イギリス・フランス両方の王位継承権を得ました。このままいけば、イギリスとフランスは同じ国になっていたことでしょう。このヘンリー五世については『ヘンリー五世』(石原孝哉、明石書店が面白いです。

 ちなみに、イギリス王家は元々フランス人が征服して建てましたので(ノルマンディ公ウィリアム征服王)、当時公式文書は全てフランス語でした。ヘンリー五世以降、徐々に英語が公用語になっていきます。

 さて、しかし、ヘンリー五世は若くして亡くなり、次の『ヘンリー六世 第一部・第二部・第三部』はわずか1歳で王位を継承します。まあ、1歳では統治は無理なので摂政が立ちとりあえず成人までは無事に過ごしていますが、この間フランスではジャンヌ・ダルクなどの活躍で、イギリス領が失陥していきます。

 ヘンリー六世は穏健で信心深い王様だったようです。もし、平時に統治していたら「善良王」とでも贈り名されたでしょう。しかし、戦乱の時代でした。成人し親政を始めましたが、フランス失陥の知らせに心神喪失します。ヘンリー六世が政治を見れなくなったので、寵臣サマセット伯王族ヨーク公リチャードが政治を見ます。が、よくある王族と寵臣の対立がおこります。マーガレット王妃はサマセット伯に付いて、ヨーク公を失脚させようとしました。これにヨーク公が反抗したのが薔薇戦争の始まりです。ヘンリー六世・マーガレット王妃・サマセット伯の紅薔薇ロサ・キネンシスヨーク公白薔薇ロサ・ギガンティアの戦いです。黄薔薇ロサ・フェティダ)はいませんが、ゲーム『Crown of Roses』(GMT)ですと、黄色はバッキンガム公です。ちなみに青はウォリック伯です

 ロサ・ギガンティアヨーク公ウェイクフィールドの戦いで敗死します。ゲーム『Blood & Roses』(GMT)では、C3iマガジンで追加シナリオとして収録されています。

 その息子が3人いて、長男(ロサ・ギガンティア・アン・ブトゥン)マーチ伯エドワードは若いながらも武勇に優れ、ヘンリー六世の息子(ロサ・キネンシス・アン・ブトゥン)のエドワード王子(こっちも)をチュークスベリーの戦いで敗死させました。これにより、手中に収めていたヘンリー六世の利用価値がなくなり、ロンドン塔で暗殺されます。つまり、先にヘンリー六世を殺すと、ロサ・キネンシス・アン・ブトゥンのエドワード王子が戴冠して王を名乗り、厄介になるからです。ちょっと悪辣です。

 ロサ・ギガンティア・アン・ブトゥンのエドワードは、エドワード四世』を名乗ります。ちなみにシェイクスピアではこの『エドワード四世』はありませんが、近年それらしいものが見つかったとのことです。

 エドワード四世は、性格が陽気でハンサムだったらしいです。未婚だったのでキングメーカーのウォリック伯が各国の王女を嫁にもらおうと奔走していました。しかし、秘密裏に未亡人と結婚してしましました。顔をつぶされ起こったウォリック伯は、エドワード四世の弟のクラレンス公を担ぎ上げて反乱を起こしますが、結局敗死。クラレンス公も処刑されます。もう一人の弟(ロサ・ギガンティア・アン・ブトゥン・プチ・スール)のグロスター公リチャードエドワード四世に忠実で人柄も実直だったため、エドワード四世の死の際に幼い息子の摂政になるように依頼されました。しかし、この時、外戚ウッドヴィル一族エドワード四世と結婚した未亡人エリザベス王妃の一族)が幅を利かせグロスター公を蔑ろにします。そこで、グロスター公が立ち上がりこの一族を追放しました。次いで『リチャード三世』として戴冠します。なんか、律義者と言われていたはずなのに主君の息子を攻め殺した徳川家康のような気がします。

 このリチャード三世は、シェイクスピアの中ではボロクソに書かれています。「チューダー万歳」のシェイクスピアは、リチャード三世を倒してチューダー朝を開いたヘンリー七世を賛辞するために、薔薇戦争のすべての原因をリチャード三世の陰謀に押し付けたのです。ちなみにヘンリー七世はエドワード四世の娘を嫁にしていますので、エドワード四世やその父親のヨーク公を悪者にできませんでした。このため、イギリスではリチャード三世は長い間不人気でした。近年、リチャード三世の評価が覆ってきています。リチャード三世好きが集まったリチャードスキー協会(そんな名前ではありませんが)が立ち上がって活動をしています。ちなみにゲーム『Blood & Roses』のデザイナーのリチャード・バーグ氏はリチャード三世好きをルールの中で表明しています。リチャード三世について日本で読みやすい評論は『悪王リチャード三世の素顔』(石原孝哉著、丸善出版があります。

 さて、ボスワースの戦いでリチャード三世を倒し、白薔薇紅薔薇を統一したヘンリー七世ですが、シェイクスピアの史劇にはありません。あまりにひどすぎてシェイクスピアと言えどもいい人に書けなかったのでしょう。手に入れやすい本では『冬の王』(トマス・ベン著、陶山昇平訳、彩流社が面白いです。帯に「闇の君主と呼ばれた男」と書かれています。イギリスから追われ逃亡の日々が長かったためか、あるいは出自が王位継承者として怪しかったからか、あまり人を信じない国王でした。しかしながら、大貴族が力を持っていた中世的な支配体制から中央集権のより近代的な支配体制に移行させた点では評価できます。この王様、大貴族の力をそぐのに武力は使いませんでした。小さな罪に対して罰金刑を適用し、その莫大な罰金を分割払いさせたのです。つまり、罰金を払っているときはまだ罪を清算していないことになります。この時に再度罪があれば、さらに罰金が上乗せされます。次第に、ヘンリー七世の側近が大富豪など貴族以外にも同じように罰金刑を適用するために罪を捏造したりし始めました。この官僚たちは、自分の懐を潤すためにやったわけではありません。このため、国庫には莫大な資金が集まり、イギリス(とういよりイギリス王室)の国威を高める結果になります。ヘンリー七世の死後、これらの官僚は罰を受けます。まあ、国のためとか言って、よく考えもせずに従っている官僚は、こうなるということでしょうか。アイヒマンを思い出します。

 その次の代の『ヘンリー八世』は、性格陽気なため「春の王」といわれました。でも、この人は、妻の侍女に手を出すことで有名で、まあメイドスキーの走りでしょうか。

 以上を持ってシェイクスピアの史劇を網羅しましたが、薔薇戦争関係の書籍では、薔薇戦争』(陶山昇平、イースト・プレスがよくまとまっていてわかりやすいです。

 薔薇戦争のゲームとしては、戦略級ではアバロンヒル『キング・メーカー』(持っていません)、デシジョンゲームズの『リチャード三世』(積み木ゲームでブロックゲームをPCゲーム化しているAvalon Digitalにもあります。未所持)、ゲームジャーナル薔薇戦争があります。が、これらは軍事自体を表現したゲームです。私としては、政治的な要素も加わった『Crown of Roses』(GMT)が最もお薦めです。ただし、入札システムがあるのでソロプレイには向きません。戦略級の宿命か、史実通りの展開にはならないのが欠点とは言えます。

 戦術級では前出の『Blood & Roses』(GMT)のほか、カードゲームの『Sun of York』(GMT)があります。また薔薇戦争とは名ばかりのアブストラクトゲームもあります(家のどこかにはあるはず)。私のお気に入りは『Blood & Roses』です。

 

 長くなってしまいました。

 シェイクスピア劇場の『リチャード三世』の最後の場面は、ボスワースの戦いの戦死者の山の上で、リチャード三世の死体を抱えながら高笑いしているマーガレット王妃かエリザベス王妃のシーンでしたが、うろ覚えなので再視聴したいと思っていました。調べたら、『シェイクスピア劇場』のDVDは80万円とか(全集で)。さすがに手が出ない。ちなみに英語版だと1/10ぐらいの値段らしいですが、リージョンコードが違う上に英語だけですので、英語力がない私は手が出ない。まあ、そんなシーンがあったんだろうなという程度の記憶でいることにします。