アレクサンドロス大王の死の謎については、当時から毒殺説がささやかれていました。しかし、現在では病死が定説のようです。この本のタイトルを見た時、トンデモ本の一種かと思ったのですが、読んでみたら別の意味でトンデモなかった。
著者曰く、「歴史ノンフィクション・ミステリー」だそうですが、実際にアレクサンドロス大王の死の真相について語っているのは、プロローグとエピローグだけです。それもプロローグで犯人を指摘する、いわゆる倒叙型(刑事コロンボで有名な奴)。
本の前半はアレクサンドロスが生まれてもいない。で、何が書いてあるかというと、ソクラテス・プラトン・アリストテレスの生涯を縦軸に、諸所でアテネの当時の政治状況や、ソクラテス・プラトン・アリストテレスに関わった人の事、シラクサの僭主、文字や書籍の話といった雑学が盛り込まれています。
この本の感想は、「面白れぇ!」
ソクラテスって、文盲だったんですね。ソクラテスは主として対話形式を好んだと習いましたが、そもそも文字を読んだり書いたりできないから、対話するしかなかったんだ。それにペロポネソス戦争にも従軍していたようで。今月号の歴史群像の有坂さんの連載で出ていたデリオンの戦いにも参戦し、敗走するアテネ軍の殿を務めて悠々と帰ってきたとか。知りませんでした。
書籍を読む限り、著者はアリストテレスが好きなようでした。プラトンはイデア論でキリスト教に取り込まれましたが、アリストテレスは誤解されて初期キリスト教では無視されたので、イスラム世界で発展したとか。現代でもアリストテレスの研究が進んでいないと嘆いています。
アリストテレスと言えば、マンガ「ヒストリエ」の最新刊では結構活躍していますね。もっとも怪しい男アルケノルが裏でなんかしているのかもしれませんが。
ヴェルギナの第二王墓の遺体についても書いてありまして、先に読んだ森谷先生の「王妃オリュンピアス」ではアリダイオス(フィリッポス3世)、次に読んだ澤田先生の「古代マケドニア王国史」ではフィリッポス2世と書いてありましたが、この本では1998年に全身骨格で調査した結果、フィリッポス2世ではありえないとされたようです(そしてアリダイオスだと結論付けています)。当初フィリッポス2世とされたのは、右目の戦傷の痕跡があったからだという事ですが、良く調べたら遺体焼却時のキズではないかと。さらにフィリッポス2世は数々の戦で怪我をしていますが、全身の骨を調べたところ、全くその痕跡がないらしい。知的障害者のアリダイオスは戦に出ることがなかったので、戦傷もないという事でした。どれがどれやら。
でも、そもそもがフィリッポス2世が右目を失っていたというのは史料のみが語ることで、本当はどうかわかりません。ちなみに安彦先生のマンガ「アレクサンドロス」では両目がありました。森谷先生が監修しているのですから、何らかの意味があるのかも。史料が間違っている場合、実はフィリッポス2世は右目を怪我していなかったとかもあり得ます。何処を疑うべきか、難しい話ですね。
この本の著者は医学者です。このため、結構医学的な知見が随所に出ています。また、医学に限らず、様々な資料を読み込んでいました。だから雑学が多くなっているんだと思いますが。
まあ、タイトルに騙された感はありますが、面白かったから良し。