京アニ放火殺人初公判

 4年以上たってようやく始まったようです。傍聴席の倍率がすごい。35席に対し500人以上とか。なぜそんなことをしたのか知りたいという理由から傍聴しようとした人が多いようです。
 ニュースで見ていると、遺族の方も同じ思いの人もいるようですが、逆に「故人は戻ってこないのだから裁判に関心がない。」という方もいたようです。
 犯人の言によると「小説を盗用された」だから「放火した」という事ですが、「小説の盗用」と「放火」は全く繋がりません。「小説の盗用」から「裁判」とかなら分かるのですが。そんなわけで、検察側は逆恨みとしたようです。一方、弁護側は「心神喪失」で無罪、もしくは「心神耗弱」で減刑。まあ、それしか言いようがありません。被告は一応罪状を認めているようです。
 さて、人間というのは、物事に白黒つけたがるもので、こういった事件でも「なんでそんなことをしたのか」と知りたがります。しかし、上記の後述した遺族の方は、そんなことを知ってもどうなるのか、故人は帰らない、といった感想を言っていました。全くその通り。遺族を隠れ蓑に自身の知りたがり根性を満足させるのは良くないと思います。誰がとは言いませんが。
 また、「自分が理解できない動機を否定してはいけない」と京極堂が言っている様に、自身が納得する動機で落ちをつけてもいけないのでしょう。誰がとは言いませんが。「盗用」と「放火」が一般人では結びつかないからと言って、犯人の動機をそれ以外に求めても仕方がないのでしょう。
 それでもまあ、犯人死亡の大阪の医師放火事件よりは、事件の全体像があらまし見えるだけ、まだましかもしれません。