京都はなぜ守りにくいか

 「菊水、北へ:楠木正儀の北伐行」(仮)のアイディアを練っているところです。4回にわたる正儀の京都奪還戦は、結局は京都からたたき出されていますので、どう勝利条件を作るか、考え処です。で、その時に思ったのです。「京都は攻めやすく守りにくい」と言われているけど、何故なんだろうか、と。

 戦闘において京都にいる防御側はダイス-1修正とかすることを考えましたが、理由が付いていません。何故、京都へクスの場合はそうしないといけないのか。で、中世の戦闘における軍事的要因について、京都はどうかと考えてみました。

 

①進入路
 7口ぐらいある(粟田口とか、大原口とか)
 敵の侵入も容易だが、味方の増援も容易

  必ずしも防御側が不利とは言えない
②水の手
 地下水が豊富

  問題なし
③兵糧等の物資
 他から持ち込む必要がある

 搬入路は南からのみ?

  籠城には不向き
④非戦闘員が多い
⑤燃えやすい町

 どこも同じでは?
⑥道が広い、寺院等の広い庭がある
 大軍の展開が容易

  必ずしも防御側不利とは言えない

⑦防御に適した道ではない
 折れ曲がりがない
 単純な碁盤の目

  攻撃側が有利かも

 

 やはり兵糧などでしょうか。楠木正成もそんなことを後醍醐天皇に進言していたような。となると、京都にいる防御側にマイナスのダイス修正とかはあり得ませんね。「補給」ルールを入れないと、これを表すことが出来そうにありません。

 

 いずれにしろ、まだ考察途中ですから、他に原因が見つかるかもしれません。