試しにプレイしてみました。
川中島の戦いの初期配置は、どうも色々あるようで。武田軍の方はいいとして上杉軍の特に柿崎景家が右翼か左翼か。なんとなく左翼だった気がするのですが、川中島古戦場の看板は右翼にいます。で、どうしたかというと、妻女山攻撃隊の抑えを行っていた(当然右翼)色部勝長が柿崎隊を支援したという話から、右翼から左翼へ色部隊が移動したと考えるより、柿崎景家が右翼にいて妻女山攻撃隊の抑えから外れた色部勝長がそのまま右翼で活躍したと考えた方がいいので、看板通り右翼としました。
その他、名前が変わった人が多いので、当時の名前を採用しています。例えば内藤昌豊は工藤祐長、山県昌景は飯富昌景、上杉謙信は上杉政虎です。なので信玄vs謙信ではなく、信玄vs政虎となります。知らない人は誰それ状態ですね。
初期配置は下図の通りです。相変わらずマピオンの地図を背景にしています。上杉軍の有名な車懸かりの陣ですが、どういう陣形かは不明です。私はそういう陣形があるとは思っていません。が、一応政虎の周りに車輪ぽく配置してみました。・・・どちらかと言えば方円の陣ぽいかもしれません。
テストプレイでは妻女山攻撃隊の到着が遅く、信玄本陣が柿崎景家、本庄繁長、鮎川清長らに攻撃されています。それでも回復値が小さい(回復しやすい)武田軍は結構持っています。ただし、最後は撤退チェックで9が出て武田軍の敗北でした。政虎も前に出ていますが一騎打ちまでは無理でしたね。
妻女山攻撃隊の増援チェックは「Men of Iron」のようにチェックする毎にDRMが付く方法ですので、うまく調整すればもう少し早めに登場できそうです。この辺のバランス調整は問題ですが、全体の動きとしては問題なさそうです。
これが出来上がった後は、一の谷の戦いを作ってみたいと思っています。義経は山麓のどこからでも、いつでも登場可能というルールを試してみたいと思っています。これにより義経の奇襲効果が出るのではないかと思っています。登場ヘクスや登場ターンがわかっていたら、平家プレイヤーに対する奇襲効果が薄れる気がしているのです。