「軍事の日本史~鎌倉・南北朝・室町・戦国時代のリアル~」(本郷和人 朝日新書)を読み始めました。本郷和人と言えば「逃げ上手の若君」や「応天の門」の歴史解説をしている人です。テレビでも見かけます。私的に結構評価の高い人でしたので、買っておいたのでした。
「第1章」を読んだところで3点、ちょっと違うなあと思ったのです。少し本郷和人の評価が下がりました。
この本では、日本は軍事史についてあまり深く研究してこなかったと書かれています。よく言われることです。そして、科学的に考察しないといけないとも。その通りです。しかし、続けて読んでいったのですが、あれぇと思ってしまいました。それは以下の点です。
1.司馬遼太郎について
司馬遼太郎の功罪の罪の方は、意図してかどうかはわかりませんが、物語や小説にもかかわらず、それが史実のように世間に広めてしまったことだと思います。例えば吉川英治や山岡荘八、山本周五郎、池波正太郎などの小説を指して、それを史実と誤解している人はいないのではないかと思います。吉川史観とか池波史観なんて言葉は聞いたことがありません。松本清張は池波正太郎より司馬遼太郎に近いかもしれませんが、どちらかと言うと司馬遼太郎よりは学究に近く感じます。
本郷和人は司馬遼太郎の肯定派のようで、否定派(『歴史研究をちょっとかじった人』)について『底の浅さを感じる』と書いています。私は逆に、本郷和人が上記のような功罪を理解していないように感じたのでした。
2.旧日本軍の兵站軽視
旧日本軍、特に陸軍の補給軽視は有名です。とはいえ、有名すぎて実情と離れたことが史実として定着している気がします。本郷和人は『みんな現地で食料を調達せよ、略奪行為で兵士は生き延びろなんて、上の人たちは一体何を考えていたのでしょうか』と書いています。ステレオタイプです。
実際は別に補給軽視していたとは思いません。「輜重輸卒が兵隊ならば、蝶々トンボも鳥のうち、電信柱に花が咲く」なんて言われていたようですが、これは日清・日露戦争期だったと思います。また、あくまで兵士間で言われていたことで、陸大出の高級将校はこんなことを思っていなかったでしょう。
悪名高いガダルカナルでもインパールでも、本郷和人が書くようなことを言っていたとは思えません。どちらの戦場でも、そもそも補給に関してちゃんと考えていました。ただし、その方法と実情が合わなかったのです。ガダルカナルではアメリカ軍の潜水艦などに補給船を沈められ、インパールでは水牛が遅々として進まずスタミナが無くなってさっさと死亡。結果、末端まで補給が届かなかったのです。本郷和人が言うようなことはなかったのです。
3.アメリカ兵の発砲率
他の本からですが、アメリカ軍兵士の上官の射撃命令に対する発砲率について記述しています。20~25%だとか。本郷和人はアメリカ軍は『人間性を重視し』ているという風に論を進めています。玉砕を命令しても従わない。なのに日本軍は・・・。
統計的に出ている数字のようですが、実は統計と言うのは注意が必要です。数値が出ているので「科学的」と思われがちであり、かつ「説得力」があります。でも、統計と言うのは嘘がつけるのです。「捏造する」という意味ではありません。自論に合うデータを使い、合わないデータを無視するという取捨選択をすると、いかにもな統計データが出来上がります。また、マスコミがよくやる手ですが「世論調査」と言いつつ、アンケートの質問によって答えを自論に合うように誘導できます。
上記のアメリカ軍兵士の発砲率についてですが、「どんなふうにデータを取ったか」が明記されていません。ホントのことを話したの?と言う疑問が出てきます。また、「誰に対して射撃命令を出したの」という事も書かれていません。同じキリスト教を信じる白人のドイツ人か、黒人か、黄色いサルか。それによっても、多分発砲率は変わるでしょう。多分、現代のアメリカ人の警官が被疑者に発砲するのに、人種別に発砲率の統計を取ったらおもしろい結果が出るのではないかと思います。
本郷和人は「物語」や「ロマン」ではなく「リアル」で見ろと言っています。ところが、上記のようにステレオタイプにハマったりしている状況です。本郷和人に対する評価が少し下がりました。まあ、もともと高かったので、どうしようもないというほど低くなったわけではありません。それに上記3点に異見があるだけで、他のことは同意しています。そこで「軍事の日本史」は読み続けています。
(追記)
読み続けているのですが、首をひねる部分が結構あります。まだ全体の1/5強ぐらいしか読んでいませんが・・・。もしかしたら読み終わったときには本郷和人に対する評価が最低になるかも。